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多様でありながら一つ
~大阪・関西万博(EXPO 2025)における所感~ 2025年、半年にわたって開催されてきた大阪・関西万博(EXPO 2025)は、10月13日に会期を終え閉幕した。 読売新聞の見出しに、2025年大阪・関西万博の成功を評して、『多様でひとつ』という言葉があった。 世界は多様でありながら一つになりえる、そのことを一つの輪の中で実現させて見せた(未来の可能性を示した)のが今回の大阪・関西万博だった。さながら、大屋根リングの内側は世界の縮図のようであった。 各国々のパビリオン・スタッフは、自国の文化や科学技術、未来像を誇らしげにアピールしていた。 あの輪は、単なる建造物ではなく、世界を包もうとする日本人の心を象徴しているものだと思う。 世界を包み込む「輪」となる、それは皆さんの心(意志)をあらわしている。
○ 大阪っぽい万博 単に、お祭り騒ぎでワイワイと賑やかにイベントに参加し、楽しかったという人も多いだろう。 私は結局、8回ほど万博を訪れた。その内、重度の障害を持つ息子とも2回訪れた。 スペイン館、ブラジル館、三菱未来館などにも入ってみた。それなりに驚いていた。 本当は、俊とともにもう一度行きたかったのだが、9月に入って以降、連日20万人を超える賑わいで、人混みの中でもし目を離して迷子になったら、とても見つけ出せそうにない(リスクが高すぎる)と感じ、断念した。 世界中の人が集まって和気あいあいと交流する。衝突やいさかいなどは全くない。万博ならではの雰囲気だと思う。実際の世界ではウクライナやガザで今も戦争がおこなわれていて、多くの血が流されているのだが、それが噓のようだ。 日本人は不思議な民族である。あまり自己主張はせず(控えめで)、どんどん他者を受け入れ、取り込んでいってしまう。そしてそこに融和の文化が生じる。 今回の万博は特に、大阪っぽい万博だった。 宗教的な目線で見ると、今の日本には無宗教の人が多い。しかし、その心には愛を宿し、数ある宗教や文化を受け入れ一つにすることの出来る寛容さがあった。宗教の究極の目的は、心に神(愛)を宿すことにある。それを自然な形で成し、融和をもたらすことができていたとするならば、喜ばしいことであると思う。 日本人には(神仏を敬う)信仰心があるという。宗教を持たずしても、我知らず心に神を宿し、愛が働いていたということもあるようだ。心は愛の受け皿なのだ。
○ いのち輝く未来 そして、もう一つのテーマは『いのち輝く未来社会のデザイン』である。 最先端の再生医療の展示もあった。AIロボットも出現した。生命は利他であることによって保たれる(動的平衡)という理念もあった。 多様性を受け入れ、共生することにより本来の生命が輝くということである。 1970年の万博では盆栽を並べたような、伝統的な造られた形の「日本庭園」だったが、時代を経て、今回の万博の「静けさの森」はより自然と調和した(自然風の)安らぎのある森になった。 リングの中央に自然の森をおいた。「生命」を大切にすること(いのちの輝き)を共通のテーマにした。 静かに心の森の中を見つめてみましょう、と言われているようだった。 いのちが輝く理由、多様でありながら一つである、その理由は中心に愛があるからである。
○ 平和のリング 「円」は、丸くて角がなく、始まりも終わりもなく、無限であり、すべてを包み込む形である。 手をつなぎあい「輪」となる姿は平和そのものであり、日本人が何を望んでいるのかを端的に示すことができる。円を広めれば世界となり、宇宙となる。リングの中にある国々と命溢れる森を見守りながら平和を祈る。大屋根リングの上を散歩しながらそんなことを考えたりした。 ぜひとも、大屋根リングと、静けさの森は大阪・関西万博のレガシーとして残してもらいたいものだ。 大屋根リングは、平和を祈る為のリング『平和のリング』と命名して残せばいい。 2025.10.16
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