PERFECT DAYS を観て

最近、心に残った映画に『PERFECT DAYS』というものがある。
トイレ掃除を仕事とする一人のおじさんの日々の生活の繰り返しを描いたもので、貧しく、薄暗く、とても地味な生活なのだが、なぜだか心が穏やかになる。そんな心の世界を描いた映画である。

主人公は平山。役所広司が演じている。無口な男で、ほとんどセリフがない。派手な演出もない。どこにでもいそうな、普通のおじさんである。
古びたアパート(文化住宅?)に住んでいて、朝、竹箒のはく音で目が覚めたら、布団をたたみ、歯を磨き、小さな植木に水をやり、つなぎ(作業着)に着替え、外に出る。自販機でコーヒーを買って、バンに乗ってトイレ掃除の仕事に向かう。車の中ではカセットテープで音楽を聴く。公園の公共トイレに到着する。仕事は実に丁寧で熱心。ゴミ拾いも手際良く、モップをかけ、規則正しい手順できれいに便器を磨き上げてゆく。同僚とのやり取りや、公園や街中で出会う人々との触れ合いも微笑ましい。

観客は映画が進むとともに、(自分の心を重ねながら)平山の心の動きをたどるようになる。
ロードムービーの手法である。

お昼は神社の境内にあるベンチに座り、コンビニで買ったサンドイッチを食べながら鎮守の森を眺めている。木漏れ日が好きなのか、それを旧型のフィルムカメラで写していた。仕事が終わると自転車に乗って銭湯に行き、汗と汚れを落としさっぱりとした気分になり、帰りに行きつけの飲み屋で酎ハイ(ハイボール?)とおかずを食べる。
住んでいる場所は、東京スカイツリーを見上げることのできる、浅草の下町のようだ。

アパートに帰ると、布団に寝ころびながら、小さな電灯の下で古本屋で買った文庫本を読む。
いつしか眠りについて、その日の一日は終わる。

そんな生活の中で遭遇する小さな出来事や心の動きを描いている。

平山さんの趣味・コレクションは、オールドミュージックのカセットテープを集めること。神社の森で萌芽していた小さな木の芽(苗木)を拾ってきて、ポットで育てること(盆栽みたいに)。フィルムカメラで木漏れ日を撮影すること。心象を写し撮ろうとしているのだろう。そして、古本屋で買った文庫本を読むこと。

小出しにそのコレクションがあらわにされるのだが、カセットと本と写真、かなりの量だ。年月を感じさせる。
その選曲、選書がまたいい。

車の中で聞く曲は、主に60-70年代の洋楽でロックやフォークが多い。
アニマルズの『朝日のあたる家』、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのPale Blue Eyes、オーティス・レディングのThe Dock Of The Bay、ローリング・ストーンズのSleepy City、金延幸子の『青い魚』 (Blue Fish)、パティ・スミスのRedondo Beach、ルー・リードのPerfect Day、ヴァン・モリソンのBrown Eyed Girl、キンクスのSunny Afternoon、ニーナ・シモンのFeeling Good。

70年代に青春を送っていた私ども中高年にとっては懐かしい(聞き覚えのある)曲が含まれている。

古本屋で購入し、読んでいたのは、幸田文(幸田露伴の娘)の『木』。自然の描写、木の描写がとても心象的で人と木の心のつながりが描かれているようだ。哲学的でさえある。(学術的に木を紹介する本は多くあるが、心で樹木をとらえた本は少ない)私も愛読していて、奇遇にもちょうど手元にあったのでびっくりした。

私は、この映画のサウンドトラックCDを買おうと思って探したがなかった。

温か味のある映画である。
主人公の穏やかな心のありようが、実に心地いい。事あるごとに神社で手を合わせていた。(こういう味わいのある日常を描いた日本映画が増えるといいなと思う)
心の赴くまま、偽りのない生き方、それが彼にとってパーフェクトな日々なのだろう。孤独になっても、こういう生き方ができればいいなと思う。

人の幸せとは、なにもお金があって派手な(贅沢な)生活をすることだけでなく、こういうところにもあるんだということを教えられる作品だった。心の深みにこそ安らぎがあるんだと言わんばかりに・・

一方、あまりにも清貧が美化されているということで批判を受けたりもしている。
むろん、影の部分もある。平山の寂しい達観したような目や表情が何かを物語っている。夢の中で過去の断片が回想される。寂しさを噛みしめる無言のシーンにも、この映画が表現しようとしている美学(?)があるのだろうか。きっと、やりきれないような思いになることもあるだろう。

あまり深入りして、露骨にドラマ化していないところもいい。余白を残しているのだ。
この世にはいろんな住む世界があり、虚しくてもこれが人生というものだ。その中で心のありようを求めている。そんな感じであった。

それにしても平山さんは見事な仕事っぷりだった。
就労支援でビルメンテナンスをやっている、障害を持つ利用者さんにも見せてあげたい気がした。
迷子になっている子供に優しく接し、手を引いて世話していた。障害のある少年が人の耳たぶをほぐしているのを見て、微笑んでいたりした。ホームレスのおじさんと目が合い、会釈していた。何気ないことのようだが、それが大切なのだ。

トイレ掃除がもっと誇らしい、立派な仕事だと思われるようになってほしいものだ。

映画の製作や背景について、

後で気になって調べてみたところ、この映画は日本財団のプロジェクト「THE TOKYO TOILET」がベースになっていて、そのプロジェクトを主導したのは柳井康治、ユニクロ(ファーストリテイリング)の社長であるとのこと。監督はヴィム・ヴェンダース。

ロードムービーを得意とするヴェンダース畢生の傑作だと評されている。フランスの『ル・モンド』紙でも、ヴェンダースがキャリア初期から得意としてきた「静謐な画面構成の美学」が本作で一つの頂点に達した、と高く評価された。

福祉の向上を目指す「日本財団」の目の付け所もよかったし、あの億万長者のユニクロの社長が描き出す世界がこういうところにあるのかということも驚きであった。柳井さんの人柄がうかがえる作品でもある。

キャストの中では特に、セリフが少ない中、表情やしぐさ、心の動きによって、テーマになっている「心の平安」(PERFECT DAYS)を表現する。役所さんの演技は素晴らしかった。
役所広司は本作品で、第76回カンヌ国際映画祭(2023年)で主演男優賞を受賞された。朗らかな人柄や自然な演技力から、昭和の名優 笠智衆の境地に近づいたとまで言われている。

小さな出来事を丁寧に描写することにより、主人公の心が求めているもの、その平安がどこにあるのかが垣間見られる。自然を愛し、心の平和を愛し、日常を大切にする。監督やプロジェクトメンバーの思い(スタンス)が伝わってくる映画だった。

派手な演出を行う以上に、無言の心の描写のほうが、意図する世界観を強く表出しているように感じられる。

2025.11.11

「THE TOKYO TOILET」は、日本財団が実施していた、東京都渋谷区内に公共トイレを設置するプロジェクト。「TTTプロジェクト」とも呼ばれる。

日本の公共トイレの多くが「汚い、臭い、暗い、怖い」として利用者が限られている状況を鑑み、性別、年齢、障がいを問わず、誰もが快適に使用できる公共トイレを作ることを目指して日本財団から渋谷区に構想を持ち掛けた。そして区内17か所に順次設置が行われた。トイレの設計施工には大和ハウス工業が、トイレの現状調査や設置機器の提案にはTOTOが協力し、事業費用は21億円で、財団と発案者の柳井康治(ファーストリテイリング取締役)が出資した。

どうりで最新型のお洒落なトイレが多いなと思ったわけだ。